2025年11月 副所長の呟き:IMIが設立された頃の話を少し
IMIは2011年に九州大学数理学研究院から分離・独立する形で設立されました。
この年はちょうど東日本大震災が起こった年であり、また九州大学創立100周年にも当たる節目の年でした。その2年後の2013年には、文部科学省から共同利用・共同研究拠点として認定され、現在に至っています。
当時、私のような数学の研究者が「産業界との共創を目指す研究所」に所属するということが、どのような意味をもつのか、正直あまり意識していませんでした。実際、まだ箱崎キャンパスにいた頃、若山正人数理学研究院長(当時)から突然電話がかかってきて、「数理学研究院が今度数理とIMIという二つの組織に分かれるけど、IMIに来る?」と聞かれ、特に深く考えることもなく「はい、いいですよ」と答えたのを覚えています。
そうしてIMIがスタートしたある日、若山初代IMI所長(当時)からまた突然(笑)「1か月ほどIBM東京基礎研究所に行ってこない?」と言われて、訳も分からないまま出かけることになりました。予備校講師のアルバイトの経験はありましたが、いわゆる会社勤めの経験は一度もなかったので、どうなることかと思いました。しかし実際に行ってみると、現地の研究所には数学に理解のある研究者の方々も多く、さらに大学からのインターン学生もいて、結果的にはとても楽しく、刺激的な時間を過ごすことができました。
現在、IMIも深く関わっている大学院マス・フォア・イノベーション連係学府の学生たちは、博士後期課程で長期インターンシップが必修科目となっています。彼らが「インターンシップ先がどんなところか分からず不安もあったけれど、行ってみたら案外楽しかった」と話すのを聞くと、当時の自分と重なるところがあり、思わず頷いてしまいます。こうした経験は、誰かが「えいや」と背中を押してくれないと始まらないものです。(もっとも最近では、そうした一言や後押しが“パワハラ”や“アカハラ”と受け取られかねない時代でもあり、なかなか難しいところではありますが……。)
現在、東芝の研究者の方がクロスアポイントメントでIMI教授として在籍されています。
企業と大学の双方で制度的な難しさもあるかもしれませんが、逆にIMIの教員が企業の研究所に何らかの形で所属できるような仕組みができれば、いわば「教員インターンシップ」として興味深い取り組みになるのではないかと思います。そのような取り組みを、15年も前に私自身が体験していたというのも、今思えばなかなか興味深いことです。私がIBM東京基礎研究所に一月も滞在できたのは、IMIとIBMの研究所の所長たちの間で、形式ばらない「あうんの呼吸」のようなものが働いて、話がとんとん拍子に進んだからかもしれません。
企業の研究所に行って学んだことは、企業で即戦力となる数学は「最適化理論」と「統計」であるということでした。設立当時IMIには最適化理論の専門家はおらず、その重要性を鑑みて、最適化理論の専門家を採用するための人事を進めることになっておりました。(ちなみに九大数理には歴史的に統計の研究者が多数在籍していましたので、そちらは問題ありませんでした。)その際、素人同然の私がその人事の取りまとめ役を務めることになり、かなり勉強して国内で著名な最適化理論の研究者の方々にお声がけし、研究会を開催するなどして当時の動向を調べました。その甲斐もあって、優れた研究者を採用することができ、現在IMIには最適化分野の優秀な研究者が多く集まっています。また、私自身もそのときお招きした研究者の方と交流を持つようになり、後に数本の論文を共著する機会にも恵まれました。
あれから15年が経とうとしています。ようやく産業界や異分野の方々との関わり方も、少しずつ分かってきたように思います。お互いの言語や価値観を共有するには時間がかかること、研究のタイムスケールが異なることなど、課題は少なくありません。このことは程度の差こそあれ、数学内の他分野との協働でも同様です。しかし、それらを乗り越えることができれば、非常に面白い研究が進んでいくと実感しています。そうした産業界・異分野との協働のあり方は、若手のIMI所員たちにとっては取り立てて言うまでもなく、すでに当たり前のことになっているのかもしれません。
設立当時のメンバーも徐々に定年を迎える時期となり、今後7,8年で新たにIMIに加わった第2世代の研究者が中心となる時代に入っていきます。個人個人で重きを置く所が違うとは思いますが、私が大事に考えているマス・フォア・インダストリの理念の一つは、産業界との共創を通じて数学の世界にも新たな息吹をもたらすことにあります。実際、産業界にはまだ数学として十分に体系化されていない興味深い問題が数多く存在することも分かってきました。近年のAIや機械学習の発展も、その一例といえるでしょう。いずれ、そうした課題も数学的に定式化され、新たな理論や手法が生まれていく——その過程をこれからも間近で見届けていきたいと思っています。
