九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所

所長メッセージ

ご挨拶

九州大学マス・フォア・インダストリ研究所所長 梶原 健司
令和4年10月1日

九州大学マス・フォア・インダストリ研究所(以下,IMIと称します)は,平成23年4月に設立され,令和3年4月に10周年を迎えました.この間,IMIは,深く先端的な数学研究と産業や社会からのニーズに応える数学の展開を両立させ一体となって行う,世界でもユニークな研究所に成長致しました.特に,数学の産学・異分野連携研究にかかわる活動については日本随一と自負しております.私は令和4年10月より4代目の所長職を継承致しましたが,これまでのIMIの活動をさらに強化し,その展開を加速致します.数学研究を一層推進すること,産業や社会,学術諸分野からの数学に対する高いニーズに応えること,国内外の数学および関連分野のコミュニティの研究活動を支援すること,数学研究を通じて社会の課題解決に貢献できる若手研究人材の育成を行うこと,さらにアジア太平洋地域を重視した国際的な研究活動を充実させること.これらの取組を通じて,IMIを国際的な研究拠点としてさらに発展させ,数学を活用した豊かで永続可能な社会の構築に貢献してゆく所存です.

ニュートンによって微積分法と並行して発展した力学の例などでよく知られているように,歴史的に数学は物理学と高い親和性を持ちつつ発展してきました.現在でも,例えば素粒子理論はその最先端を数学と共有しながら発展しています.また,工学諸分野では現象を統制する物理法則を微分方程式でモデル化の上,理論的もしくは数値的な手法で解析し,実験・実測結果と比較しつつ理解を進めることが基本スタイルの一つで,そこで使われる数学は伝統的に「応用数学」「工業数学」などと呼ばれてきました.それらの重要性は今でも変わりませんが,特に今世紀に入ってから,ビッグデータの普及と活用,機械学習などのAIに関わる諸技術の発達によりデータサイエンスと呼ばれる分野が大きく発展し,状況は大きく変わりました.社会や産業で巨大なデータを直接扱う課題が生起し,そこでは統計学や確率論などのほかに,これまであまり用いられることがなかった代数学,幾何学,離散数学,数学基礎論などの数学が物理学を経由せず直接活用されるようになってきています.そのような取組を通じて,抽象的な純粋数学がその普遍性ゆえにデータサイエンスに限らず,多様な問題の定式化や解決に役立ち,今後の社会や科学技術の発展にとって不可欠という理解が進んできたのです.実際,令和3年3月に閣議決定された国の科学技術政策の基本文書「第6期科学技術・イノベーション基本計画」では,数学とそれを担う人材育成の重要性が繰り返し言及されています.また,研究費に関しても基礎科学振興の色彩が強い文部科学省科学研究費だけでなく,科学技術振興機構が統括する応用志向の強い「戦略的創造研究推進事業」や「未来社会創造事業」,またしばらく前にその規模で話題になった「ムーンショット型研究開発事業」などの大型研究計画に数学を基盤とする計画が採択されるようになってきています.このようなことはかつてなかったことで,数学への期待が高まっていることが感じられます.

 研究所の名称となっている「マス・フォア・インダストリ」(Mathematics for Industry, MfI)とは,純粋数学・応用数学を流動性・汎用性をもつ形に融合再編しつつ産業界からの要請に応えようとすることで生まれる,未来技術の創出基盤となる数学の新研究領域です.MfIの理念に基づき,現実問題から研究課題を発掘し,課題解決に役立つ新しい数学を構築して社会に貢献すること,そしてその数学を数学研究者も取り組みたくなるような魅力ある数学に育て,その研究を推進することはIMIの最も重要なミッションであると考えます.そのために,基盤であると同時に先端でもある深い数学研究を推進することが第一です.その上で,純粋・応用を問わずさまざまな志向を持つ数学研究者の異分野・産学共同研究への積極的な関与を推進します.その中で,令和4年4月に新設した産業数理統計研究部門の活動を充実させ,社会からのニーズの高い統計,データサイエンス関連分野の研究を強化します.

IMIは数学研究を社会や産業,諸科学分野に展開する上で,産学・異分野間の研究課題マッチング,共同研究契約や知財管理など,数学研究者が苦手とするような業務の支援機能を強化するとし,組織的な連携研究の一層の推進を図ります.また,IMI技術相談窓口や,文部科学省科学技術試験研究委託事業「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム」(AIMaP,平成29年度〜令和3年度)で構築した全国12の協力拠点のネットワークを拡充し,以下で述べる共同利用・共同研究拠点の機能とリンクさせ,オールジャパンで産業や社会,諸科学分野と連携できる体制を整備します.

IMIは平成25年度から文部科学省共同利用・共同研究拠点「産業数学の先進的・基礎的共同研究拠点」に認定されており,研究集会や短期共同研究,短期研究員など公募制の共同利用研究などを通じて研究コミュニティを支援してきました.これからも数学,諸科学分野の研究コミュニティや産業界からの意見やニーズをより積極的に取り入れて事業に適切に反映できる体制の確立と柔軟な運営を図ります.また,共同利用研究参加者を上記のネットワークに取り込み,共同利用・共同研究拠点活動のさらなる強化を図ります.

人材育成もIMIの最重要ミッションの一つです.IMIは創設以来,数理学研究院と協力して理学部数学科と大学院数理学府の教育,また工学部の数学専門科目などの教育を担当してきました.特色ある試みとして,IMI創立以前から数理学研究院と協力して実施している博士長期インターンシップは,日本の数学分野では九州大学が初めて行ったものです.また,企業や諸科学分野で生起した問題に対する短期集中型問題解決合宿であるスタディグループ・ワークショップは産学・異分野連携の第一歩として定着していますが,大学院生などの若手研究者には連携研究を経験できる貴重な機会となっています.さらに,文部科学省卓越大学院プログラムに採択され,経済学府,システム情報科学府と共同で運営しているマス・フォア・イノベーション連係学府では,数学を活用して諸科学分野や産業でイノベーションを創発できる人材の育成を目指し,異分野の研究室に出向いての共同研究やインターンシップを必修にするなどユニークな教育を行っています.これらに加えて,IMIは九州大学数理・データサイエンス教育研究センターに参画して全学教育に貢献しているほか,学内外や企業の若手研究者向けにデータサイエンスや統計にかかわるチュートリアルを行うことも検討しています.このように,IMIはさまざまな形での人材育成を推進します.

国際連携活動の基盤として,IMIではアジア太平洋地域の数学研究機関の賛同と協力の下,この地域に欧米と並ぶ産業数学の第三極を構築することを目指し「アジア太平洋産業数学コンソーシアム」(Asia Pacific Consortium of Mathematics for Industry, APCMfI)を設立し,主導的に運営しています.その中核をなす機関の一つとして,IMIはラ・トローブ大学(メルボルン,オーストラリア)にIMIオーストラリア分室を設置し,専任教員が常駐して運営しています.この枠組みを活用し,IMIはラ・トローブ大学と定期的にオンライン合同セミナーを既に60回以上開催してきたほか,APCMfI主催で会員機関が持ち回りで開催している国際研究集会Forum “Math-for-Industry”やオーストラリア・ニュージーランド応用数理学会(ANZIAM)の年会に大学院生や教員を派遣しており,特にANZIAMでは数理学府の大学院生が若手優秀講演賞を受賞しています.また,世界の応用数学・産業数学系の学会を統括する国際産業数理・応用数理評議会(ICIAM)の日本代表団にIMI所員が参画しています.これらの活動を通じて,IMIのプレゼンスの向上に努め,国際的な研究活動を拡充します.

創設以来,若山正人(平成23年4月〜平成26年9月),福本康秀(平成26年10月〜平成30年9月),佐伯修(平成30年10月〜令和4年9月)の3代の所長のリーダーシップと各所員の努力で,IMIは日本における初の産業数学の研究拠点としてここまで至りました.それを可能にした,九州大学,国内外の数学と関連諸分野の学術研究機関,MfIの理念に共感いただいた企業,自治体,文部科学省を始めとする政府機関などからのご協力に深く感謝申し上げるとともに,関係各位には今後ますますのご支援をお願い申し上げる次第です.