九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所

ベイズ推定による計測と数理モデリングの橋渡し

徳田 悟

学位:博士(科学)(東京大学)

専門分野: ベイズ推定、モデリング、情報統計力学

 古くは17世紀に発見されたケプラーの法則が象徴するように、単純な数式を用いて計測データを表す数理モデリングは様々な物理現象に対する理解を深めてきました。しかし、扱う現象が複雑になり、高度な計測技術を駆使する現代科学では理解が困難な計測データが顕在化しています。私は計測データに根ざしたモデリング原理を確立し、あらゆる現象を曖昧さなく理解する指針を打ち出す研究に挑んでいます。特にベイズ推定という統計的手法の数理を探求するとともに、凝縮系物理学を始め、広く自然科学の研究者との異分野協働による実証研究を推進しています。これまでの研究を通じて、私は理解が困難なデータの要因となり得る次の三課題に着目しています。

(1) モデルの不定性
 モデルは現象の本質を表しますが、何が本質かは常に自明ではありません。多くの場合、その判断は研究者の洞察に委ねられ、時に研究者間で見解の相違が生じています。例えば図1の計測データが示す振動現象は摩擦が無視できれば単振動、そうでなければ減衰振動を表す関数によってモデリングできますが、どちらが妥当かは場合によります。

図1:計測データを構成する数理モデル、
観測ノイズとモデル不一致の具体例

我々は計測データに対するモデルの妥当性を
確率として定量化するベイズ推定を用いて、こうした不定性を解消する実証研究を進めています。実際、速度分布関数やバンド構造といった凝縮系物理学のモデルの選択において有用性を示してきました。

(2) 観測ノイズの存在
 データの計測には必ず観測ノイズを伴い、観測ノイズが大きいほど、データから推定するパラメータの値も不確実になります。我々はこのような誤差伝搬の性質がモデルの評価にも影響することに着目し、ノイズの強度と妥当なモデルを同時推定する方法論を開発しました。また、実証研究を通じてその有用性を示しました。パラメータの値やモデルの推定はノイズの強度(データの質)とデータ量に依存します。我々はベイズ推定と統計力学の数学的な対応(情報統計力学)に立脚し、理論解析を進めることで、ベイズ推定に対する計測データの量や質のスケーリング則を解明しました。

(3) モデル不一致の存在
 理想と現実、つまりモデルと計測データの間には必ずズレがあります。まず、モデルは真実の近似表現です。また、真実とデータの間には観測ノイズや系統誤差が生じます。私はこれらの内、ランダムなノイズ以外をまとめてモデル不一致と総称しています。モデル不一致の起源を帰属することは容易でなく、それらを具体的な数式で記述することはさらに困難です。加えて、ベイズ推定に正当性を与える従来の漸近理論はモデル不一致がない理想的な状況を仮定するものです。我々は実証研究を通じ、モデル不一致を系統的に対処する方法論を開発するとともに、その正当性を裏付ける新たなベイズ推定の漸近理論の構築を進めています。