九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所

ソーシャル数理と動的最適化

吉良 知文

学位:博士(機能数理学)(九州大学)

専門分野: ソーシャル数理,動的最適化,確率最適化,マルコフ決定過程

 私の専門分野は数理最適化です.特に,意思決定が繰り返し必要な問題(多段意思決定過程)や不確実性を含む問題(確率モデル)に関心があります.私は,この種の問題を効率良く解決する手法である動的計画法の理論とその応用の研究に従事してきました.また,社会的課題に対して,数理技術(最適化やゲーム理論など)を用いて,公平で納得度の高い制度や施策を設計する研究(ソーシャル数理)に従事しています.これまで社会的課題の現場と協働して技術開発をおこなってきました.以下では,2つの事例を紹介します.

 保育所の利用調整(選考)では,申請者の優先順位(保育の必要性を点数として算出)だけでなく,きょうだいの同一保育所への入所希望も考慮します.“Matching with Couples”という問題であり,学術的にも難しいことが知られています.図1は申請者が不満に思うパターンを示しています.この種の不満が生じない優れた選考結果を「安定マッチング」といいますが,その存在すら保証されておらず,納得がいく調整は容易ではありません.

不満 (a) 第1希望に自分より点数が低い子がいる

不満 (b) 第3希望に兄妹そろって入園できたはず

図1:申請者が不満に思うパターン

実際,各自治体では試行錯誤に多くの人手と時間を要しており,自治体によってはきょうだいが別々の保育所となるケースが増えるなどの問題が生じていました.そこで,IMIの富士通ソーシャル数理共同研究部門(2014 年 9 ⽉〜2017 年 8 ⽉)では,富士通研究所とともにこの課題に取り組み,公平な利用調整を実現する新しい方法(展開形ゲームの理論を用いる)を提案しました.提案した方法は富士通株式会社で製品化されており,実際に多くの自治体で利用されています(2020 年 6 ⽉時点で 35 の自治体が導入済み).

 「物流クライシス」が叫ばれる昨今,物流業界は人手不足が深刻化しており,より少ないトラックでより多くの荷物を運ぶことができる共同輸送の必要性が更に高まっています.そこで,多数の輸送ルートが登録されたデータベースの中から協力効果が高い共同輸送の組合せを瞬時に列挙して提案する共同輸送マッチング技術を開発しました.例えば,東京→金沢の輸送レーンをもつ企業からのマッチング依頼に対して,他の2企業と協力した三角輸送(東京→金沢,金沢→大阪,大阪→東京など)などを提案します(図2).その際,実車率(走行距離に占める貨物積載区間の割合)が高くなる組合せを瞬時に列挙します.単純な総当りでは多数の依頼を処理するサービスは困難です.距離の公理などを用いて実車率の上界を上手く計算することにより,正確さを損なうことなく探索範囲を絞り込んでいます.本技術は日本パレットレンタル株式会社が提供する共同輸送マッチングサービスTranOpt(トランオプト)にコアエンジンとして搭載されており,既に約 180 社の企業が利用しています(2023 年 10 ⽉時点).

図2 三角輸送のマッチング依頼に対する処理