九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所

位相的データ解析と層の理論

池 祐一

学位:博士(数理科学)(東京大学)

専門分野: 位相的データ解析、超局所層理論

私は、位相的データ解析と層理論について研究しています。これらはそれぞれ実応用と純粋な数学理論として全く異なるように思えるかもしれませんが、最近では互いに影響し合いながら研究が進んでいます。

(1) 位相的データ解析(パーシステントホモロジー)

図1にあるような2つの点群を見たときに、われわれ人間は穴の有無で2つを区別することができます。このようなデータの「大まかな形」を取り出して、その情報をコンピュータに扱わせようとする手法が位相的データ解析です。数学においては、連続な空間の「大まかな形」はトポロジーという分野で研究されていて、穴の数はホモロジーという道具で調べられます。この枠組みを使って、点群の形を調べる最も単純なアイデアは、各点を中心とするある半径rの円盤たちの和集合を考えて、そのホモロジーを見ることです(図2)。しかし、この方法では円盤の半径によって、ゴミのような小さな穴しか見えなかったり(図2(a))、穴が全然見えなかったり(図2(c))します。

図1: 2つの点群
図2: 異なる半径の円盤の和集合

このやり方には、見える形が半径rの大きさに大きく依存してしまう・適切な半径rをデータから決めることは一般には難しいという問題があります。そこで、1つの半径rを設定することは諦めて、rを動かして点群の「形」、特に穴の数をあらわすホモロジーがどのように変わっていくかを考えることにします。すると、穴がrに関してどのくらい継続(persist)しているかの情報を見ることで、大きい穴とゴミのような穴を区別することができます。この手法はパーシステントホモロジーと呼ばれています。
このようにデータからパーシステントホモロジーを用いて取り出した「大まかな形」をあらわす特徴量は、機械学習の入力などに使うことができ、様々なタスクに役立てることができます。私は、ニューラルネットワークにパーシステントホモロジーを使うことでネットワークの状態を調べたり、ネットワークの学習にパーシステントホモロジーを用いたりすることに興味を持っています。

(2) 層理論とパーシステントホモロジー

上のような研究の他に、層理論とパーシステントホモロジーのつながりについても研究しています。層は代数幾何やトポロジーにおいて役立つ数学的対象ですが、近年は層を使ってパーシステントホモロジーを理解しようという試みがいろいろと現れています。
私は、パーシステントホモロジーの間の距離を層理論的に解釈して、その理解を位相的データ解析や他の数学分野に役立てようとしています。最近は、層の間の距離とジグザグパーシステンス間の距離との関係を調べたり、層の間の距離とシンプレクティック幾何学におけるエネルギーとを関係づけたりしました。

図3:パーシステントホモロジー・層理論・シンプレクティック幾何学の関係

応用数学と純粋数学の狭間での研究によって、それらの垣根を越えた交流が起これば良いと考えています。