九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所

数理科学的観点からの血糖値管理

小谷 久寿

学位:博士(数理学)(九州大学)

専門分野: 位相幾何学、整数論、数論的位相幾何学

ここのところ、私は他大学の医療分野の研究者や応用数学者の方たちと血糖値管理に関する分野の枠を超えた共同研究に取り組んでいます。もう少し具体的に書くと、これは手術後集中治療室(ICU)患者のデータを用いて、現実の医療現場に役立つような血糖値を管理するアルゴリズムの開発を目指した研究です。この研究は上に掲げている私の専門分野のお話とは異なるものですが、ここでは産業社会への数学・数理科学の応用を目指したIMI関連の研究として、それについてお話しします。

手術直後ICU患者は手術侵襲によるストレスや強心剤等による影響で血糖値の急上昇が見られます。高血糖は多臓器不全・昏睡・予後悪化等を引き起こす原因となるため、インスリン投与により血糖値を適正値内に維持することが重要であると考えられています。しかし、インスリンによる血糖値管理はインスリン作用の遅延やインスリン感度の時間変化等の様々な要因によりコントロールが難しく、さらにインスリン投与により逆に低血糖に陥ってしまった場合には深刻な予後不良を引き起こしてしまうという問題があります。現在、一定の条件のもとICUでの血糖管理は看護師によって行われていますが、標準的な管理アルゴリズムは未だに確立されておらず、血糖値のコントロールは看護師の経験に依る部分が大きいのが現状となっています。ただ、そうした血糖値管理は看護師の負担も大きく、手法の標準化が望まれています。

そこで、この共同研究では、数理的なアプローチと医療現場での知見とを組み合わせ、実際の医療現場で役立つような血糖値管理をアシストする標準的手法の開発や熟練看護師の投薬判断アルゴリズムの推定を行うことを一つの目標としています。

このような問題に対する数理的なアプローチとして、これまでにも血糖値管理に関連する血糖値・インスリンの数理モデル等が考案されてきましたが、生体における動態を表現する数理モデルには観測できない変数が多く含まれていたり、患者ごとに固有のパラメータを推定する必要がある等、難しさがあったり、それぞれできることや目的が異なっています。また、近年データ科学分野で様々な新しいデータ駆動型の研究手法が開発され続けています。この共同研究では、従来の手法と新しい手法を取り入れつつ、今回の研究の目的に即したより良いアルゴリズムの開発に貢献すべく努めています。

血糖値管理のような医学的知見が重要である共同研究においては、数学・数理科学的な立場だけからではなく、外科医師、ICU専門看護師を交えて協働的に研究を進めることが重要です。医療従事者の方々とのコミュニケーションを大事にしながら着実に共同研究を進めて、数学・数理科学の医療分野・産業社会への応用へと繋げていきたいと思います。