九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所

トポロジーとその諸科学への応用

鍛冶 静雄

学位:博士(理学)(京都大学)

専門分野: 位相幾何学,リー群,応用数学

私は図形をおおざっぱに調べるトポロジー(位相幾何学)という分野の研究をしています.どれくらいおおざっぱかというと,ドーナッツとマグカップの形が見分けられないくらいです(佐伯修教授の研究・技術カタログを参照).数学に限らず多くの学問は,対象を分類することを一つの目標としています.どんな性質に着目するかによって分類の基準が変わってきて,猫と犬というように大雑把に分けることもあれば,秋田犬と柴犬と言うように詳しく分類することもあります.トポロジーでは図形,より数学的にいうと空間を対象としますが,おなじみの合同や相似よりずっと荒く,連続的に変形できるものは区別しません.そんな”いいかげん”なことで役に立つのかと思われるかもしれませんが,実はさまざまな場面で活躍します.

まず,人間の視覚や空間把握は非常に大雑把ですが,多くの面でまだ機械を凌駕しています.細かな変化に気がつくのは苦手な反面,手書きの歪んだ文字や,笑顔でも泣き顔でも同一人物を認識することができます.また全く未知の図形,いわゆるビッグデータなどの高次元や時に無限次元の空間を扱う時,まずは大局的な情報が重要になります.新発見の島を調べるのに,いきなりルーペを持ち出してもあまり得るところはありません.それよりも高台に登っておおまかな形を知りたいでしょう.

もう一つ別の観点からは,柔らかい性質は適用範囲が広い,というのも利点に挙げられます.硬い性質を扱う数学的事実,例えば,球の体積の公式は,真に球なものにしか適用できませんが,世の中に存在するものはイデアからはかけ離れていて,常に誤差が生まれます.一方で,代表的な位相的性質である“穴の数”(正確にはベッチ数)は,歪んだ図形でも問題なく扱うことができます.

(アルマジロのモデルは The Stanford 3D Scanning Repository より)

上にあげた特徴を眺めてみると,細かな差異に敏感な反面,全体像を捉える直感が働かないコンピューターと対極的に見えてきます.実際にトポロジーは,人間のもつ俯瞰的なものの見方を定式化し,コンピューターにその能力を授ける可能性を秘めています.

私は,空間のトポロジーを代数的に調べることに興味があります.主にリー群や等質空間といった対称性の高い空間の,位相不変量を定義・計算することを専門としています.また,代数はコンピューターの得意とする対象であり,応用として図形をコンピューターで処理するアルゴリズムの研究にも携わっています.一例として,下図にペンギン算をお見せします.形を代数化することで,異なった形状を足し合わせたり平均をとったりすることが可能になります.また様々な形の”地図”ができ(座標が導入され)ることで,どの形はどの形に似ているといった解析が可能になります.この考え方を応用して,コンピューターで形状をデザインする方法の開発や,医用画像・センサーデータの解析も行なっています.

3羽の黄色いペンギンをもとに,足し合わせによって
ペンギンのバリエーションを生み出す