九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所

物質構造解析の数理

富安(大石) 亮子

学位:博士(数理科学)(東京大学)

専門分野: 応用代数・数論,数理結晶学,アルゴリズム

 物質構造解析研究は,調和解析・信号処理・最適化・統計学など様々な手法を用いたアルゴリズム開発としての側面がありますが,私の場合,新しい知見を得るのに数論・代数学といった純粋数学のアイデア・技術を組み合わせることをよく行っています.

 以下では,学術論文に加え特許出願に至った(したがって割と非数学者向けの)3つのプロジェクトを紹介します.

(1) 格子決定(Ab-initio indexing)に関わるCONOGRAPHの方法

 ”Ab-initio “とは専門用語で,物質構造(この場合は結晶格子)に関する事前情報を用いない解析のことです.以下の手法開発を行い結晶学分野でそれぞれ論文を書いた後,粉末回折用[1]・電子線後方回折用プログラム[2]を開発,web上で配布しています.開発には当時所属していたKEKの研究室,共同研究を実施していた(株)日本製鉄からの支援を受けました.
・ 大きな観測誤差下での格子対称性(ブラベー格子)の決定…格子基底簡約の応用
・ ピークサーチ
・ 実験データによくフィットする解の検出に用いるfigure of merit
・ 消滅則の一般的性質の導出(トポグラフを用いて記述)
・ 解析の解の一意性(Ambiguity)の高速判定法…数論の2次形式論の応用

 開発したソフトウェアCONOGRAPHは解析の成功率を向上させました.得られた数学の結果は様々な回折データからの格子決定に対応できます.

(2) 半正定値計画緩和法(SDR)に基づく結晶・磁気構造解析の方法

 非線形最適化におけるローカルミニマムの問題はよく知られていまず.SDRは双対定理で保証された状況下において2次計画問題の大域的最適解を求める方法です.一般に,結晶構造のフーリエ変換すなわち「構造因子」の偏角を求める位相回復の問題(絶対値は観測値から得られる)は2次計画問題として表現できます.
 もともと未知構造解析の解の一意性を調べるために始めた研究ですが,偶然,実験家との共同研究で役に立つ出口(磁気構造解析[3])も見つかりました.SDRの優れた性能は物質構造科学分野で代数計算・離散数学の応用を進めるためにも有用と考えています。

図1: SDRを用いた構造解析法の概要

(3) 黄金角の方法の一般化・高次化

 葉序・ひまわり頭部に見られるパターンのモデリングに使用される黄金角の方法の一般化は様々な文献で試みられ,取り上げられた未解決問題でしたが,マルコフ理論の高次元版であるproduct of linear formsと呼ばれる数の幾何・数論の問題に帰着させることで一般曲面・一般次元に適用可能となりました.

図2: 適用結果(3Dは断面図,着色は各点近傍のパッキング密度による)

 モデリング・パターン生成・メッシュ生成において今回開発した方法・理論の応用を展開する予定です.

[1] https://z-code.kek.jp/zrg/
[2] J. Appl. Cryst. (2021) 54 (2), 624-635
[3] Scientific Reports (2018) 8:16228.