九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所

European Study Group Workshop with Industry: ESGI173参加報告

アイルランドでのスタディグループ European Study Group with Industry: ESGI 173 に参加して

福本康秀

本年、6月19日~23日、アイルランドの中ほど南西寄りに位置するリムリック市にあるUniversity of Limerickで開催されたヨーロッパ・スタディグループにPierluigi Cesana准教授、マス・フォア・イノベーション連係学府学生とともに参加しました。参加学生は、学年が高い方から、楊曼、河面瑛太朗、木浦和哉、田島凌太、吉住峻、日隈俊秀、山田秀流の7名です。

1968年にJohn Ockendon教授(オックスフォード大学)が始めた産業界の未解決問題に集中して取り組むこのイベントは世界中に広まっていますが、173回を数えることからわかるように、本場ヨーロッパでは隆盛で、各国の有力大学持ち回りで、年に数回実施されています。60~70名を超える参加者の中に常連(リピーター)がかなり含まれます。ニュージーランドやオーストラリアからの参加もありました。地元の若手研究者や大学院生も大勢参加しました。Limerickと聞くと、英国で嗜まれる古典的な五行詩が思い浮かびますが、地名との関係ははっきりしません(何らかの関係はありそうです)。シャノン川の畔に位置する広大なキャンパスは水と緑が豊かで、中心に劇場もあり、落ち着いて勉学・研究に打ち込める環境が整っています。リムリック大学は産業数学が強く、ESGIの開催は今回で2回目のようです。ちなみに、IMD(国際経営開発研究所)による2022年世界競争力年鑑では、アイルランドは米国に次ぐ11位、日本は34位です。

昨年7月、日本学術振興会のプログラムで来日中のMichael Vynnycky教授(リムリック大学)を九州大学に招いてセミナー講演を行っていただいた縁で、春先に、このスタディグループに誘われて、ハミルトンやストークスを生んだアイルランドへの興味もあり、即参加を決めました。佐伯修卓越大学院プログラム・コーディネーターからの提案を受けて、マス・フォア・イノベーション連係学府学生の参加を打診したところ、快く受け入れていただきました。その後しばらくして、Vynnycky教授から問題の提供を依頼されました。私の方で、地盤関係の企業研究者に当たったところ、村井政徳様(清水建設㈱)や都築孝之様(日本物理探鑛㈱)より、企業横断的に活動する地温調査研究会が長年抱えている問題「地下水測定のためのストレーナーの観測孔の最適設計」を頂戴しました。わが国では、90年代より、地下水の流速を測定するために、内部に温度センサーを装着した円筒を地中深くに差し込んで、温度分布の偏りから流速を割り出す方法がとられますが、ある一定の確率で流速が温度分布に正しく反映されないという現象に悩まされています。

ESGI173では5つの課題(Industry Challenges)が集まりました。
1. Unlocking energy efficient steelmaking by robust scrap melting.
2. Controlling flow rate in infusion pumps.
3. Optimal design of observation holes on strainers for groundwater measurements.
4. Proof-of-concept model for demand prediction for EV charging.
5. Manufacture of contact lenses.

課題3は九州大学からの問題ですが、他はアイルランド色が出ています。課題2は医療技術のグローバル企業であるBecton Dickinson社からのもので、同社は最近リムリックに研究拠点を設けています。課題5はアイルランドのコンタクトレンズ製造企業からの提供です。初日の月曜日午前中に、1課題当たり30分で説明を行った後、午後から、部屋に分かれて各課題に取り組みました。課題2「輸血ポンプの制御」には、河面君、日隈君が、課題3「地下水流の測定」には、木浦君、田島君、そして、Cesana准教授と私が、課題4「EV充電需要予測」には、楊さん、吉住君、山田君が取り組みました。学生諸君は、楽しみながら、4日間奮闘してくれました。

図1: ティータイムでの談笑風景。中央正面向きがVynncyky教授

課題2では、与えられた時系列データに合った統計モデルを見つけて、輸液ポンプの流量誤差の解析で貢献してくれました。課題4では、グラフ理論によって道路の交通量と充電器の設置場所との関係を定量的に表す方法を提案してくれました。課題3はVynncyky教授がガイドしてくれて、学生たちは、調和関数を用いて圧力分布を計算し、そこから地下水の速度を導きました。Cesana准教授は確率モデルで、偽データが出現する仕組みの説明を試みました。最後の金曜日は成果発表会です。図2は、成果発表会の一コマです。実は私は最初の3日間だけ参加して、発表会はオランダからZoomを通じて参加しました。学生たちは、異なる背景をもつ研究者たちとの議論が課題解決にいかに有効に働くかを、体験を通じて学んだようです。

図2: 成果発表会での木浦君と田島君の発表

半世紀を超える歴史をもつESGIの運営は厳格なフォーマットに従います。運営側の難関は開催資金の調達で、課題提供企業・団体から1課題当たり提供料1万ユーロ(約150万円)を徴収します。これで、参加者の5日分の朝・昼・夕の3食、コーヒー・菓子代、キャンパス内の宿舎での宿泊代金等をすべて賄います。今回は、毎夕ビール券が配られて、一仕事終えた後、美味しい黒ビール(多分、ギネス)でのどを潤すことができました。一企業にとっては小さな出費かも知れませんが、何の見返りもなくこれだけの額を出してはくれないでしょう。過去のESGIで数学・数理科学研究者が成果を積み重ねて、多くの企業から信頼を勝ち得たことが大きいと思われます。この点が2010年より毎年IMI主催で実施しているわが国のスタディグループの宿題です。

課題3では、会場で出た質問をその場で電子メールで日本に取り次ぎました。早朝にもかかわらず、竹内篤雄先生(京都大学)、都築孝之様、村井政徳様は待機して、時間をおかず詳細な回答や補充資料を返信してくださいました。課題3の提供料は文部科学省から措置されたIMIのミッション実現加速化経費からご支援いただきました。この場を借りて感謝申し上げます。