九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所

最適輸送理論がつなぐ数理と応用

谷地村 敏明

学位:博士(情報科学)(東北大学)

専門分野: 最適輸送理論,形状解析,単一細胞データ解析

 私の研究の中心は最適輸送理論とその応用です.最適輸送とは,一方の分布を他方へ移すとき,輸送コストが最小となるマッチングを求める数学です.一方の分布がどのように他方へ輸送されるかを通して,分布間の違い(すなわち距離)を測ることができます.様々なデータは点群やヒストグラムといった(確率)分布とみなすことができるため,データ間に対して最適輸送理論が与える距離やマッチング等を通じて,近年ではグラフィックス,自然言語処理,生命科学,機械学習など多岐にわたる分野で広く用いられています.私は,こうした最適輸送に関する数学的な性質を調べるとともに,形状解析や生命科学のデータ解析へ展開しています.

(1)多くの形を一枚のランドスケープに
 近年開発した「Sinkhorn MDS」は,まず形の輪郭を点群で表し,それぞれの形同士を最適輸送で測った距離を基に,似た形を近くに並べます.次に,面積やエネルギーなど,形ごとの評価値を高さに重ねることで,形と評価値の関係が山や谷を持つ地形として視る手法です.図1は,周の長さを一定としたとき,面積が最大となる図形は何かという等周問題に対して,面積を評価値としてSinkhorn MDSを適用した例です.等周問題の答えは円ということが知られていますが,実際にSinkhorn MDSを適用すると放物面が視て取れ,その最大点は円であることが確認できます.このような可視化手法は,より性質のよい形を探す「形状最適化」の問題にもつながり,設計やものづくりへの応用が期待されています.

 図1 各点が一つの形を表す.面積を高さにすると,円が頂点に現れる.

(2)単一細胞データのスナップショットを最適輸送理論でつなぐ
 近年,計測技術の発展に伴い,一細胞ごとに遺伝子がどの程度発現しているかということを調べることができるようになりました.しかしながら,測定時に細胞を壊す必要があるため,同じ細胞それ自体を,時間を追って測ることができません.すなわち,得られるのは各時点の細胞集団に対する単一細胞データのスナップショットになってしまいます,そのため,この細胞分化に関する単一細胞データのスナップショットから,細胞分化のダイナミクスをどのように復元するかが課題となります.
 開発したソフトウェア「scEGOT」は,細胞分化に対する時系列単一細胞データに対して,各時刻の細胞集団を混合ガウス分布として近似し,その分布を正則化混合ガウス最適輸送でつなぐことで,細胞分化のダイナミクスを推定します.この正則化混合ガウス最適輸送に関する数学的な性質を明らかにし,それを生命科学データに応用することで,分化における細胞集団の分岐や変化の方向,観測されていない時刻の分化の動態や分化速度を推定することができます.また,細胞分化の背景となる地形や,その地形の形を決める遺伝子間の制御関係もまた推定することができます.

   図2 scEGOTによる解析フローと出力される結果に関する概念図.

 scEGOTをヒトiPS細胞からヒト始原生殖生殖細胞への分化を模した時系列単一細胞データに適用することで,分化経路とその前駆細胞集団,また,分化に対して重要となる遺伝子の候補を発見することができました.