九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所

流体力学,特に渦運動とその応用

福本 康秀

学位:理学博士(東京大学)

専門分野: 流体力学,電磁流体力学,トポロジカル流体力学

流体運動を象るのは渦と波である.飛行機の背後に長くのびる2本の筋状の雲,浴槽の排水口の上に立つ気泡の柱などのパターンは渦構造の典型例である.渦は無限自由度力学系で,大小様々なスケールのモードが非線形的に相互作用しながら自律的に特定の配位に発達,あるいはカオス・乱流状態に至る.この過程で,渦は,運動量や物質を「輸送する」,「混ぜる」といった機能を獲得する.空気砲が特定の空気塊を遠くまで搬送することはお馴染であるが,心臓ポンプによる血流の駆動をはじめ生命体は様々な形で渦輪を利用している.さらに,翼端渦の形成と安定性が,航空機の安全航行,風力発電の効率向上から飛翔ロボットの設計にまでかかわることに代表されるように,渦の非線形ダイナミックスはエネルギーや地球環境問題から先端テクノロジー分野にわたる今日的課題解決の鍵を握る.

渦運動の数理解析が主たるテーマである.特に,3次元渦運動の理論において世界に先行する結果をもつ.平成6年には,渦糸の3次元運動に関する論文に対して,若手を対象とする日本流体力学会竜門賞の第1回受賞者に選ばれた.最近,レイノルズ数の大・小両極限で,実験とよく合う「渦輪」の進行速度の公式を導出することに成功した.また,「曲率不安定性」という渦輪の新しい不安定機構を発見した.以降,無限自由度ハミルトン力学系の視点から,渦の点・連続スペクトル,渦の非線形運動を計算する新しいラグランジュ的アプローチの開発を進めている.

流体運動の偏微分方程式による解析を創始したのは18世紀のオイラーであるが,渦運動の概念はヘルムホルツの論文(1858)まで1世紀待つ.ヘルムホルツは,粘性がないとき,「渦線が流体に凍結して運ばれる」ことを示した.このことはとりもなおさず渦線の絡み目型・結び目型が時間的に変化しないことを意味する.ヘルムホルツの法則のトポロジー的意味を汲み出しその応用をはかるというのが,Arnold (‘66) に始まる20世紀後半の流体力学の1つの流れである.しかし,現状は,2次元流に留まる.流体粒子の変位を基本変数とするラグランジュ的記述によってはじめて,トポロジカル不変量を厳密に保ちながら渦運動を扱うことができ,分子運動から,固体,流体,弾性体,プラズマの運動までを貫く共通の土壌を与えてくれる.ラグランジュ的記述のもつ高い拡張性を活かして,波と平均流の3次元相互作用を計算する新しい数学的枠組みの構築,その回転・成層効果の取り込み,電磁流体力学への拡張を進めている.最近では,燃焼火炎面のダイナミックスなど圧縮性流体における渦運動に取り組んでいる.2013年3月には,福岡で,議長として渦運動に関するIUTAMシンポジウムを開催した.2015年1月より,国際学術誌Fluid Dynamics Research誌(IOPP)のEditorin-Chiefを務めている.

文部科学省グローバルCOEプログラム「マス・フォア・インダストリ教育研究拠点」(九州大学数理学府,拠点リーダー若山正人,2008~2012年度)拠点サブリーダーを務めた.2008年度から始まったマス・フォア・インダストリ・フォーラム(FMfI)や2010年度開始のスタディ・グループ(SGW:企業の未解決問題に数学研究者・大学院生が短期間集中的に取り組むが合宿)の運営に参画し,マス・フォア・インダストリ研究所(IMI,2011年度~)の立ち上げ,IMIの共同利用・共同研究拠点認定(2013年度~)に関わった.また,IMIが幹事拠点として受託した文部科学省委託事業「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム」(AIMaP,2017~2021年度)の運営に携わり,全国12の有力数学・数理科学研究機関の協力を得て,数学と諸科学分野・産業技術との連携を推進する様々な取り組みを進めている.目下,社会科学や人文科学への産業数学フロンティアの拡大に努めている.

博士後期課程を含む大学院生の指導に力を注ぎ,外国人留学生の受け入れも積極的に行っている.5名以上の指導学生を国内企業に長期研究インターンシップ(3カ月以上)に派遣した.研究者レベルでの国際交流も盛んに行っている.日本学術振興会特定国派遣研究者(長期)に採用され,1996年に10か月間,ケンブリッジ大学を訪問し,Moffatt教授と渦輪の運動に関する共同研究を行った.帰国後,有力外国人研究者の訪問が絶えることなく,最前線の情報を直接交換している.2001年以降,日本学術振興会招へい研究者(短期)として外国人を10名以上受け入れた.2016年には,代表として,ニュージーランドの産業数学グループとSGWの相互乗り入れを行い,また,FMfIのアジア太平洋産業数学コンソーシアム(APCMfI)加盟機関による海外開催(2016年~)を進めている.こうした活動の積み重ねの結果,創始者Moffatt教授や第一人者Ricca教授 (Milan 大)を中心とする「トポロジカル流体力学」,そして,ラ・トローブ大学などAPCMfIや欧米の指導的研究者と「産業数学」の世界的ネットワークを築き上げるに至った.このネットワークを若手研究者の交流や育成に役立てていきたい.