共同利用

ブラックホール時空上のアーノルド拡散について


種別 若手研究_短期研究員
研究計画題目 ブラックホール時空上のアーノルド拡散について
研究代表者 友田健太郎(大阪市立大学数学研究所・専任研究員)
研究実施期間 平成30年8月3日(金)~ 平成30年8月10日(金)
研究分野のキーワード アーノルド拡散,ブラックホール時空,KAM理論,多自由度カオス
目的と期待される成果 【目的】
1969年にRoger Penroseは,回転するブラックホールからエネルギーを取り出す過程(ペンローズ過程)が存在することを示した.ブラックホールは一般相対論の基礎方程式の解であるとともに,エントロピーを持った熱力学的物体でもある.そのため,ブラックホールを時空全体の部分系と見なすと,その自由エネルギーを外系のエネルギーへと変換する熱力学的過程を考えることができる.ペンローズ過程は,こうしたエネルギー変換の素過程の一例である.

ペンローズの提唱以来,ペンローズ過程とは異なるエネルギー変換の素過程が示されたり,様々なブラックホールのエネルギー変換効率等が議論されてきた.その一方で,このエネルギー変換過程には未だに不明な点が多い.例えば,エネルギー変換によって得られたエネルギーがどのように時空全域へと輸送・拡散されるのか,それがブラックホール周辺領域で起こる天文学的な現象に与える影響はどのようなものか等について十分な知見が蓄積されているとはいえない.こうした動的現象に関する問いに答えるためには,系の時間発展を追跡する必要がある.

以上の点に鑑み,本研究ではトイモデルとして,ブラックホール周辺領域で運動する多粒子系の性質を調べる.特に,ブラックホールのエネルギー変換の発生機構,およびその定量的性質をハミルトン力学系の立場から理解することを試みる.具体的には,

(i) ブラックホールのエネルギーを外系へと運ぶ軌道が,正準方程式の解として存在するか?
(ii) もし存在するならば,軌道の初期条件はどのように選べばよいか?
(iii) 軌道の典型的時間スケールはいくらか?その値は宇宙年齢に比べて十分小さいか?
(iv) 典型的時間スケールに比べて十分時間が経った後,系全体はどのように振る舞うか?
(v) ブラックホールの質量や角運動量はどのように時間変化するか?変化率に上限はあるか?

といった問いに答える.

他方,相互作用をもつ多粒子系の運動を解くことは一般に困難であり,大規模な数値計算が必要となってしまう.この技術的困難を回避するため,本研究では,粒子間の相互作用がなくても起こり得るエネルギー変換の素過程として「アーノルド拡散」に注目する.多自由度のハミルトン力学系では,大域的な不安定軌道が普遍的に発生することが知られており,その結果として実現される軌道の輸送・拡散現象を「アーノルド拡散」と呼ぶ.このとき,例えば上記の問(i)は,系にアーノルド拡散が存在するかどうかを確かめる問題へと帰着する.アーノルド拡散の存在は,KAM理論と呼ばれる理論体系により,準解析的に判定される.

ペンローズ過程は元々,Roger PenroseとKip Thorneによって,エネルギー問題やゴミ問題といった環境問題を解決する方法として提案されたという経緯がある.本研究の問(i)-(v)は,ペンローズ過程に代表されるエネルギー変換の応用可能性を探る問いにもなっている.例えば,エネルギー変換の収率は,変換過程の典型的時間スケールを導出することで定量的に評価される.


【期待される成果】
本研究課題は,多自由度のハミルトン力学系で普遍的に発生する「アーノルド拡散」をブラックホールのエネルギー変換の素過程の一つと同定する.その上で,上記の問(i)-(v)に対する回答を作成する.その成果に基づいて,ペンローズ過程に代表されるブラックホールのエネルギー変換過程は,現実的に起こり得るか?もし起こり得るなら,天文学的現象への影響は何か?といった問いに答えたい.

本研究課題は,ブラックホールに関連した物理現象の研究と直接的に関係している.例えば,ブラックホールのエネルギー変換現象は,ブラックホールの近傍を運動する天体の近点移動や古在効果といった天文学的現象や,天体から放出される重力波の波形等に影響を及ぼす.そのため,本研究の成果は天文学・物理学およびその関連分野にまず波及すると期待される.さらに,本研究課題は中心力のもとで運動する粒子がなす近可積分系とそのカオス性に関する数学の基礎研究ともみなすことができる.種々の自然現象・社会現象に見られるカオスの性質を解明することは,物理学の基礎研究として重要であるだけでなく,将来的には他の学問分野と産業界における研究への応用に繋がると期待している.
組織委員(研究集会)
参加者(短期共同利用)
棚橋典大(九州大学・助教授)
友田健太郎(大阪市立大学・研究員)